誰かが間違えて持ち込んだ、とびきりの種。フアン・マルティン農園 ピンクブルボンの透明な甘さ
ピンクブルボンというコーヒーに最初に出会ったとき、その名前から何を想像するでしょうか。 バーボン種の一変異体、あるいはブルボンとイエローブルボンの交配種——そう思っている方が多いと思います。 けれど、話はもう少し面白い場所から始まります。
DNA解析が覆した「神話」
2023年、米国の大手生豆輸入業者Cafe Importsがフランスの遺伝研究機関と共同で厳密なDNA解析を行い、一つの結論を出しました。
「ピンクブルボンは、ブルボン種とは遺伝的につながりがない。エチオピアの在来種(ランドレース)だ」
研究者たちは、エチオピアから種子を輸入しようとした誰かが、手違いで別の種子を持ち込んだのではないかという仮説を立てています。まるで、届けられた荷物の中に、思いもよらない宝物が入っていたような話です。
その「誤解」がコロンビア南部の山奥に根付き、今では世界中の競技会やトップロースターが「勝負豆」として名指す品種に育ちました。
二つの火山が育てる、極限の土地
舞台はコロンビア南西部、カウカ県ソタラ地域。州都ポパヤンから車で南へ約30分ほど下った先に、フアン・マルティン農園(Finca Juan Martín)があります。
標高は2,050メートル。アラビカ種の商業栽培としては、ほぼ限界に近い高さです。
この地に土台を与えているのが、近隣に位置するソタラ火山とプラセ火山。過去に幾度となく降り積もった火山灰は、ミネラルを豊富に含む肥沃な土壌を作りました。昼間に光合成で蓄えられた糖分が、夜の冷え込みによって消費されずにそのまま豆の中に残る——この巨大な寒暖差こそが、ピンクブルボンが持つ「ハチミツのような密度のある甘さ」の根拠です。
先住民の言葉で「水の流れ」を意味するカウカ(Cauca)という地名が示すように、この土地には古くから、自然と人との深い関係が続いています。
農園を作ったのは、輸出業者だった
フアン・マルティン農園を運営するのは、Banexport社——コロンビアのスペシャルティコーヒー輸出を長年牽引してきた会社です。
長年、全土の小規模農家から高品質な豆を買い付け、世界市場へ届けてきた彼らが、なぜ自社農園を作ったのか。答えは「自ら土に触れることなく、品質の不確実性は解決できない」という判断でした。
フアン・マルティン農園は、単なる農場ではなく、栽培・精製の最前線を実験する「イノベーション・センター」として設計されています。ここで積み重ねたデータと知見は、農業技師を通じて提携する多くの小規模生産者へと無償で還元されています。
農園名の由来は、Banexport代表ハイロ・ルイス氏の息子、フアン・マルティン君の名前。事業の未来を託した場所に、子どもの名前をつける——その選択が、この農園への本気度をよく表しています。
「正式な雇用」が品質を支える
スペシャルティコーヒーの世界で見落とされがちなのが、収穫作業に携わる人たちの環境です。
多くのコーヒー農園では、収穫量に応じた歩合制の臨時雇用が一般的です。それは時に、労働者が収入を確保するために未熟なチェリーを摘んでしまうという構造的な問題につながります。
フアン・マルティン農園は、この慣行から完全に離れました。固定給による正式なフルタイム雇用、医療保険、有給休暇——継続的な教育訓練の機会。そうして長く定着した熟練スタッフだからこそ、品種ごとに異なる収穫タイミングを正確に見極め、収穫後に取り除かれるチェリーがわずか5%未満という精度を実現できています。
良い雇用が良い豆を作る。それは当然のことなのかもしれませんが、実践している農園はまだ多くありません。
72時間、冷涼な高地でゆっくりと
精製はウォッシュド(水洗式)。ただし、通常の水洗とは異なる「長時間の二段階発酵」が採用されています。
まず、収穫したチェリーをそのまま24時間発酵(果肉付きの状態)。次に果肉を除去し、ミューシレージが付着した状態でさらに48時間。合計72時間という長い時間をかけて、風味成分をゆっくりと引き出します。
通常、これほど長い発酵は過発酵のリスクを伴います。しかしここは標高2,050メートル。冷涼な気温が微生物の活動速度を抑え、腐敗や鋭すぎる酸の発生を防ぎながら、丁寧に芳香成分を蓄積させることを可能にしています。
発酵後は、ビニールハウス型のパラボリックパティオで12〜15日かけて乾燥。温度・湿度センサーによる管理と、1日4回のきめ細かな攪拌により、水分値は約11%へと均一に仕上げられます。
カップに広がるもの
ホワイトピーチやアプリコットのフルーティな果実感。 ジャムやハチミツを思わせる濃密な甘さと、明るく澄んだ酸味(ブライトアシディティ)。 絹のような口当たり(シルキーマウスフィール)。 そして、長く続く余韻(ロングアフターテイスト)。
ピンクブルボンのエチオピア系の遺伝子が持つフローラルな複雑さと、72時間の冷涼発酵が生み出す芳香成分の蓄積。その二つが重なって生まれる味わいです。
重厚なボディや苦味が前に出る伝統的なコロンビアコーヒーとは、対極にある一杯。上質なアールグレイティーのように繊細で、飲み進めるほど「整っている」と感じられるタイプです。
店主のひとこと:
ホワイトピーチやオレンジの印象は、熱々の状態よりも、少し温度が落ちたところで輪郭がはっきりしてきます。
急いで飲み干さず、カップを手の中でゆっくり温めながら。そのうちに甘さの奥からアプリコットのような核果のニュアンスが顔を出し、絹のような余韻がすっと消えていく——その変化を追いかける時間が、このコーヒーの楽しみ方だと感じています。
エチオピアから迷い込んだ種が、コロンビアの極高地で、ここまでの味になる。間違いから生まれた奇跡の一杯を、ぜひゆっくりと。
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誰かの手違いがもたらした、透明でフルーティな甘さ。コロンビアの山奥から届きました。
商品ページ:https://elegantcoffee.jp/products/colombia-juan-martin-pink-bourbon